眠れないよる

さっき夫から電話がかかってきた。

内容は、引越しのことだった。

 

以前話し合いをした時に、今の1Kの自宅からもう少し広い家に引っ越そうと話をした。

あの狭い家ではうまくやる自信が無い、あの家には帰りたくない、と私が言ったからだ。

引越しをして、それからまた一緒に暮らそうという話になっていた。

その後、「今忙しくてバタバタしているから、家探しは12月になってからにしてほしい」と夫から連絡があり、それを了承した。

 

そして今日の電話で、「家探しをするなら一緒にいないと不便だから戻ってきてからにしてほしい」と連絡があった。

なんでかわからないけど、そう言われたことに対して、物凄くがっかりした。

がっかりして、何も言えなくなった。

 

「俺は別に引越しをしたいわけじゃない」「お金だって少なくとも30万はかかるし」という夫の言い分はわかる。

引っ越さないとイヤだというのは私のエゴだし、我が儘だ。

でも、でも。

 

自分が何に対してがっかりしているのかがわからない。

一度約束したことを悪気もなく覆されたことなのか、「俺が未熟だった」と反省したと思いきやお金のことや単に面倒だからといって二人の関係を軽く扱ったことなのか、「俺が甘んじて我慢している」という本心が透けて見えるからなのか。

 

電話を切って、一気に胃が痛くなって、涙が出て、その後4時間、結局眠れないままこんな時間になってしまった。

横になって目を瞑っても、なんだか身体がかゆくて、頭がざわざわして、眠れないんだよ。

 

出来事だけ書くとなんでもないことのように思えるんだけど、なんでこんなに傷つくんだろう。

 

やっぱり夫への気持ちは冷えきってしまっていて、もう戻らないのだろうか。

自分の薄情さを認めたくなくて、それをずっと見ないようにして、夫のいい部分を見られるような自分をずっと探していたけれど、正直自信がなくなっているよ。

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別居、第二ステージ

移転先のマンスリーの契約をした。

これが最後だと思う。

1人は居心地がいいけれど、これ以上は引き伸ばしてもいい事がないと思う。

ちゃんとケジメつけて、来年からはちゃんと二人で生活できるようにしよう。

 

夫と話してから、わたしは我が儘だよなぁ、と思って、ずっとマンスリーマンションの契約をすべきか迷っていた。

 

一ヶ月前は、本当に夫に対する恨みつらみが酷くて、一緒にいるのなんて有り得ない、というほどだった。

でも今は、夫と一緒にいるのは耐えられない、というほどではないと思う。

会社でも、ある程度業務上の会話をするのもなんとかなるし、姿が見えるだけで気持ちが落ち込むようなことはなくなった。

だから、きっといま家に戻ったとしてもなんとかなったのだろうと思う。

 

それでも家に帰らないという選択をしたことは、やっぱり私の我が儘だよなと漠然と感じていた。

私が悪い、と自分を追い詰めているわけではなく、なんとなく客観的に。

 

とはいえ、二人で同じ方向を向いて頑張る、というイメージがどうにも湧かず、私の中で「うまくできる」という自信がなかったから、結局契約したのだと思う。

契約書を送っても、あまり気持ちのいい気分にはならなかったけど、もう少しだけ、自分の気持ちを踏ん切るための時間をもらえたらなと思うよ。

夫の変化

夫との話し合いを終えた。

 

夫は、変わるように、努力をしていた。

個別カウンセリングを受け、社長と話し、セミナーに行き、本を読んだ。全ての人が同じことを言っていることに気付いて、夫もいろんなことを思ったようだった。

 

「自分が自己受容できていないことが原因だったことがわかった」

「甘えてしまっていたのだと思う」

「対処方法がわかったから大丈夫だと思う」

と夫は言った。

私が渡した生活費も、大丈夫だから、と言って返してくれた。

事故にあって、いい機会だからと、バイクを売ったらしい。

 

あんなに頑なだった夫が、こんなに変わると思わなかった。

こんなにも、頑張ってくれるなんて、思わなかった、

 

私は夫の言葉を聞きながら、同時に自分の心の動きを客観的に眺めていたような気がする。夫が話しているのを見ながら、気持ちのトーンが一定のまま全然動かないのを、どこか残念な気持ちで感じていたと思う。

話し合いをしてから、「それでも夫と一緒に頑張りたいと思えない」と感じる自分への自己嫌悪があった。でも、この気持ちにウソをついて、無理に夫のもとに戻ってもダメなんだろうな、ということは何となく思った。

結局、被害者意識の抜けないわたしは、夫が頑張ったところで、私の気持ちを変える努力をしないとダメだったんだろうな。

 

もう一回夫のいいところを見れるようになるまでは、一緒にいてもお互いつらいだけだと思う。だから、もう少しだけ別々に暮らして、次に一緒に暮らすときは、今まで住んでいた1Kの家ではなくて、別の広い家に引っ越してからにしようという話になった。

 

はー。自分に落ち込んでも仕方ないな。これからどうするか、決めないと。

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土曜日なんて来る訳ない

なんかよくわからない記事ばかり書いていたので、ちょっと適当に文章を書く。

 

明日は、夫と話し合いをする日だ。

夫は「また当日のことを連絡するよ」と言っていたけれど、今日は連絡がなかった。とりあえず、9時くらいまでに起きれば問題ないかな。

 

さっき更新した記事の中で、書かなかった部分がある。

あのあと作者は夫にも自分の考えを伝えられるようになり、夫もその後行動を改めるようになった。

でも、夫が努力してくれても、作者の離れた心が戻らなかった。

「離婚か別居か、とにかく離れたい旨を夫に告げた。夫が離婚を拒否したため、現在は様子見の状態」というところで、夫婦のエピソードは終わっている。

 

あのマンガの夫婦と我が家の夫婦は似ていて、

  • 私が長時間労働で疲弊していた所で結婚という逃げ場に飛びついた
  • よき妻にならなければならないと思っていた
  • 部屋の荷物の大半を、夫の物が占めている
  • 夫の趣味の大きな買い物を「夫のお金だし」と口を出さないようにしていた

などなど、結構共通点があるようにおもう。

 

今マンスリーマンションに一人でいて思うのは、ふたりで暮らしていた家は夫のものばかりで、私はどうにも自分の居場所がないように感じていたのだなぁと思う。

夫ばかりが好き勝手やっているように思っていたし、夫ばかりがずっと自分らしく生きていたように思えて、ずっと心のなかで逆恨みをしながら生活していたのだと思う。

 

本の中で、「自分の心が離れてしまうまで、夫婦関係の点検を怠った責任があると感じている」と作者は書いていて、本当に今の状態はその通りなのだなと思う。

私は「夫がわかってくれない」「夫に伝わらない」と言いながら、途中であきらめてしまった。自分の心に蓋をして、どんどん鬱屈とした気持ちが降り積もってしまった。

 

ただ、「何が何でも離婚したい」「夫から逃げたい」「関わりたくない」という程の気持ちではないから、まだ、きっとやり直せると思っている。もしそう思っているなら、会社を辞める準備を今していると思うよ。

きっと、私はやり直したいと思っている、んだと思う。自信ないけれど。

 

NOと言えなかった私

 

 きょう読んだコミックエッセイが偶然にも随分自分の状況とリンクしたので、TSUTAYAに返却して内容を忘れてしまう前に、感想を書いておく。

前回の記事で書いた、「人の機嫌の良しあしに、自分の幸せが左右されてしまっている」という状況が書いてあって、勉強になった。

 

あらすじ

この本は、タイトル通り「NO」と言えないことで生きづらさを感じていた作者が、それに向き合って奮闘していく話。

私も夫も作者に似ている所があるなぁと思いながら読んだ。

 

例えばNOと言えないエピソードの中で、作者の夫とのエピソードがある。

出産して家事子育て仕事をして、いっぱいいっぱいな作者を横目に、夫は子供が産まれる前と何も変わらない生活を過ごして、いつもスマホをいじってばかりいることにある日気づく。

「自分ばかりこんなに苦労しているのに」と思いながらも、「助けて」「手伝って」と言えないまま、ストレスを溜める。

世間話を夫に話しかけても、スマホを見ているばかりで何も反応が返ってこず、「機嫌が悪いのかな」と思ってビクビクするようになってしまう。

 

幸せは自分のこころが決める

作者がNOと言えなくなった理由について、マンガでは作者の生い立ちが詳しく描かれているのだけど、本当にみんな、いろいろあるよね。

このマンガのよいところは、作者が「自分を幸せにできるのは自分しかいない」と気づいてから、実際に行動にうつし、奮闘していく経過が具体的に描かれていることだと思う。

 

作者は実際に、自分を改善しようと、こんな行動をしている。

  • 辛い道を選ぶことで、自分を素直に褒められるようにする
  • 今これからのことを考え、過去を肯定的に捉えるようにする
  • 自己主張を頑張った記録をつけ、30回溜まったら自分にご褒美をあげる
  • 相手の感情と自分の感情は切り離して、自分の感情にのみ集中する
  • 摩擦を起こさない「NO」の仕方を調べ実践する

すごいなー、と思う。

作者は仕事で知り合った行動分析学の先生の話をたくさん聞いてそれを実践したそうだけど、それでもそんなに行動を起こせるのがすごいなと思う。

読んでいて、作者が「この気持ちはこういうことだったのか!」と少しずつ気付いていく過程がわかりやすくて、とても地頭のいい人なんだろうなと思う。

 

私は別にNOと言えない人間ではないけれど、それでも、よく察してちゃんになって、一人でモヤモヤした気持ちを抱えることは多い。

「つらい道を選んで、自分を褒める」というのと「相手の感情と自分の感情を切り離す」というのは、私も意識して実践しようと思う、

 

行動を変えたあとの変化

人に迎合して自分の気持ちを抑えてばかりいた作者は、人と会った後はいつも疲れ切って「しばらく誰にも会いたくない」となってしまっていたようだった。

でも、行動を変えてから、作者は「人と会うのが楽しくなった」と書いている。

 自分ばかりが我慢している、という気持ちがなくなり、人と対等な関係を築けるようになる。そして、他人から否定されても、自分が自分を肯定できるようになったから、問題ないと思えるようになったそうだ。

 

私が自己主張をできる相手って、本当に限られていて、ほんの一握りの友達としか、素直な気持ちで話すことができない。

すごく悲しいのだけれど、私は、そんな希薄な人間関係しか築けていないのだ。

嫌われたくないな、がっかりされたくないな、一緒にいても楽しくないな、一人になりたいな、そんなことばっかり考えてしまって、結構どうしようもない。

私もそんな風になれたらなぁ、と思って、ほんとに凄いなぁ、と思った。

ちょっと唐突ですが、こんな小並感溢れる感想で〆ます。

自分の目標とは。

この前、会社の顧問カウンセラーの紹介でアンガーマネジメントのセミナーに行った。

経営者・経営幹部向けのセミナーだったのだけど、私のためですか?というくらい今の状況にぴったりな内容だった。

最後の質問タイムでも夫婦のコミュニケーションについて質問してる人多かったな。

 

そのセミナーで話していた内容と、夫婦カウンセリングの時にカウンセラーが話した内容で、同じことを言ってる部分があった。

ので、今日はそのことについて書こうと思うよ。

 

目標があれば人は怒らない

人は何か「これをやり遂げる」という目標があれば、その理想を追い求めることを第一に考えて動くので、他者の行動や言動に怒ったりしない。

夫婦で必ず幸せになる、と腹を決めている人は、何か相手に気に入らないことがあったとしても、怒りではなく、「どうしたらうまくいくか」ということしか考えない。

そんなことを、二人とも言っていた。

 

人に怒りを覚えてしまう人は、自分のことを棚に上げて、全て周りのせいにしてしまう。

「出世しないのは上司の見る目がないせい」とかもその例。

 

被害者の気持ちでいること

私も夫も、自分が被害者であるという意識が強すぎて、「なんでわかってくれないんだ」と相手に責任をなすりつけているから不満なのだろう。

 

被害者でいる・人のせいにして生きる、ということは、相手次第で自分の人生が変わってしまうということだ。

自分で人生を作らないで、他人に依存しているから、いつまでも自分に自信がもてないし、幸せと感じることが出来ないのかもしれない。

 

主体性を持って生きる

この話は本当に耳が痛くて、仕事なら「じゃあどうやって対処しよう」と考えられても、家庭のことだと私は本当にダメなんだなぁと思った。

夫に対して、そんなに甘えてるつもりはなかったのだけれど、随分と依存してるのかもしれない。

 

とにかく私は、もっと自分の人生に責任を持って取り組まないといけないのだなと思う。

 私が夫を伴侶として選んだのだから、今の状態は、私が選んだ結果なのだ。

それはもっと認識しなきゃいけない。

 

私の目標とは

とはいえ、どこを目標として生きていけばいいのか、正直思いつかない。

「絶対に修復する。その道を何がなんでも突き進む。」とは、残念ながらまだ思いきることが出来ないんだ。

きっと私は夫と話せばがっかりしてしまうし、苛々してしまうし、こわくなってしまうのだろう。

 

会社のカウンセラーは、「『絶対に幸せになる』と思って自分の人生を邁進してください」と私に言った。

簡単なことのような気がするのに、なんて難しいんだろう。

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別居後の変化

別居してから、夫への苦手意識・拒絶反応がみるみる悪化していて中々ひどい。

夫と3人で食事でもどうか、と社長に誘われたけれど、どうしても無理で、作り笑顔で断ってしまった。

これでは別居しない方がまだ良かったのではないかと少し思っている。

 

この前社長と二人で打ち合わせに行った時に、夫が仕事を休んだ次の日、夫をお昼ご飯に誘ってくれたことのお礼を言い、色々と話した。

胡蝶蘭は、社長のアドバイスからだった。

友達に相談しても「様子見するしかないね」としか言われず、どうしたらよいかわからない、という夫に対し、「夕食を作ったり、お花を買ったり、たまにそうやってメンテナンスすることでお互いが思いやりを持って暮らせるんだよ」 と伝えた結果だったようだ。

 

そうやって行動に移したところは評価してあげるべき、と前置きを置いた上で、社長は夫のことを「やってもらって当然、与えてもらって当然だと考えている」「自己評価が過大で、本人の認識と現実に差がありすぎる」「夫婦間で、知的レベルに差がありすぎる」と評していた。

 

夫は社長に「結婚したら頑張る必要がないと思っていた」と言っていたそうだ。

そんな、今のご時世、「釣った魚に餌をやらない」「結婚がゴール」マインドを持つ人がいるとは思わなかったよ。

 

一人の生活はとても安心で心地よくて、何者かに安寧を阻害される心配がない。
通勤時間が減ったこともあると思うけど、ずっと続いていた頭痛も起きなくなった。

私は、離れきってしまった夫への気持ちが、もう戻ることはないのではないかと少し恐れている。

夫が万に一つ、すべてを理解し、変わってくれたとしても、もうダメなのかもしれない、と思ってしまった。

 

いま、私自身の目標設定がブレブレなので、来週末までに自分と向き合う作業をしなければと思っている。

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