付き合うと相手が病む件について

過去の恋愛を振り返ると

私と付き合う人は大抵病んでしまうことが多かった。

別に付き合った相手みんなに包丁を突きつけられたわけではなくもっとライトなものだけれど、なんだか関係がうまくいかなくなると、相手の顔色が悪くなったり、痩せてしまったり、眠れなくなったり、そんな風に目に見えて疲れているような状態になることが多いようだった。

そして、大抵相手が疲弊してきたところに私が引導を渡して付き合いが終わることが多かった。

正直結婚してそんなことはもう過去のこと、と思っていたのだけれど、ただ単に今までの付き合ってきた人と違って夫の病み方が「怒り」に向いているだけなのでは、と思いこの文章を書くに至った。

ちょっと相手が病んでしまう原因と私の歪んだ人間性について考えてみようと思う。

 

病む恋愛とは

自分の感情ばかり強くなってしまうコントロールができないので、「好き」という気持ちが強くなる。 つまりは、相手の気持ちを上手く汲み取る事が出来ないため、どうしてこんなに好きなのに・・・などとかってな、自分の解釈などにより病んでしまう

恋愛~病む理由いくつか - Yahoo!知恵袋

お馴染みYahoo! 知恵袋より。

これが合ってるかはわからないけど、でも正しいような気もする。

 

上の文を読むと、

  1. 自分の感情のコントロールができない
  2. 相手の気持ちがわからなくなる
  3. 相手を勝手に解釈して不安や怒りをおぼえる

という3ステップを経て、恋愛における病みは完成するらしい。

あれ、これ病む方の自業自得では?と一瞬思ってしまったけれど、いやいや、私に何か問題があるはずだ。

一つずつ見ていってみる。

 

感情のコントロールができない

自分の感情をコントロールできなくなることは確かにストレスに繋がることだと思う。

自分の喜びとか悲しみとか怒りとか、そういう感情が相手の行動に依存してしまう、ということだよね。

そもそも強い感情を持ち続けるというのは物凄くパワーをつかうことだし、それだけで疲れるのではないだろうか。

っていうかそんなになるまで何故相手に依存するんだ?それが人を好きになるということなの?

 

相手の気持ちがわからなくなる

引用した文章の「好き」という気持ちが強くなる。 つまりは、相手の気持ちを上手く汲み取ることが出来ないため…という部分の意味が全然理解出来ていないのでなんとも言えないとだけれども、恐らく、「自分の好きだという気持ちがコントロールできなくなっちゃって相手のことが見えなくなっちゃう」ということなのかな?
確かに私が高校生の時に片思いしてた時とか、好きすぎて相手の考えてることなんか全然わからなかった。

相手が私のことどう思ってるかしか考えられなくて、相手が本当は何を望んでいるか、なんて全く考える余裕が無いということがあったけど、そういうことなのかな?

 

相手の気持ちを考える余裕がなくなると、どんどん考えが自分本位になっていく。相手のことは(主に自分のことをどう思っているかについて)考えているから、自分は間違っていない、自分ばかり思い悩んでいる、そう思うようになってくる。

 

相手を勝手に解釈して不安や怒りをおぼえる

  • 相手は全然自分のことを考えてくれない
  • こんなに思っているのに大切にしてくれない
  • きっと自分のことなんてどうでもいいのだ

そんな風に相手を解釈して、不安になったり、怒ったりしてしまう。

これはなんか、身に覚えがあるなぁ。

 

相手が望むような反応をしてくれない、愛情表現をしてくれない、自分を優先してくれない。きっと自分のことをそれほど好きではないんだ。

そんな気持ちでストレスが溜まっていくのかな。

 

愛されたい願望

結局、「愛されてないのではないか」という不安が募ることで、人は病んでしまうのかなと思う。

でも正直、この病むまでのステップ(嫌なステップだ笑)を見るに、相手の気持ちを汲み取らないで自分本位になってしまうことが原因のように思える。

 

私の恋愛がこうなってしまう理由

私の恋愛がよくこんな感じになってしまうのは、恐らく、私が相手に対して、「相手が望む反応」をしなさすぎることが原因なのだと思う。

恐らくこの「病んでしまう」現象は誰しもがなりがちなことであって、でも、それが悪化するか悪化しないかは、病んでいない側の対応にあるのだと思う。

 

普通は、好きだという気持ちを伝えたら、もっと簡単に、相手も返してくれる。でも私は、もらったらもらったまま、返さない。

私は本当に気を使えない人間で、本当に付き合う相手にとって「愛しがいのない人間」なのだと思う。

愛情を与えても与えても何も返ってこなくて、「なんでこんなにも与えているのに」と誰しもがなってしまうのではないのだろうか。

 

夫が前に、

「優しくした分だけ優しくされたいと思うのは悪いことなのか」

と言ったことを思い出す。

私は、見返りを求めるような優しさは、できればほしくないと思った。

嫌なことは嫌だと言って欲しいし、褒められることを期待して無理してやってほしくなかった。

夫の望む形で優しさを返さないと怒り出してしまうくらいなら、はじめから何もしないでほしかったんだよ。

「こうしたら相手は喜んでくれるかな」と考えて、相手の喜ぶことをするのは素敵なことだけど、なんかちょっとそれとは違う気がしてしまった。

 

でも、私はあまりにも冷たすぎるのかもしれない。

本当はもっと、嘘でもいいから、喜んだり、感謝したり、すきだよって言ったり、しなきゃいけないんだと思う。